白点虫の物理的刺激による活性説


最初は、当方の「えっ! 白点シストは何で覚醒するのん?(・・)」と言うコラムを掲載させて頂いた時に、ある方が読んで2005年1月7日 の当掲示板にこのコラムを「白点物理的刺激活性説」と名づけての投稿を頂きました。
恐れ多くながらも、今回のコラムは「白点物理的刺激活性説」と言うテーマで掲載させて頂きました。
このコラムの目的は、その裏づけとなる内容をご紹介させて頂く事です。
ここで言う白点虫とは、海水に生息する白点虫(海水性白点虫)の事であって、淡水性白点虫とは全く異なります。
ですから、ここでは海水性白点虫の話になりますが、この白点虫に関する全容などの詳しい事や治療法は省略させて頂きます。
その理由は、
1.現時点では下記文献として水槽内での実験結果のレポートがありますが、

@シスト除去による海産魚の白点病の治療方法について
http://www.affrc.go.jp/jasi/571473.pdf

A低塩分海水によるトラフグ白点病治療
http://www.affrc.go.jp/jasi/451327.pdf

BHyposalinity Treatment(アメリカの低比重治療法)
http://atj.net.au/marineaquaria/hyposalinity.html

その他、白点虫の生活・増殖サイクル、その日周リズム、低溶存酸素条件下における白点虫の休眠に関する実験結果レポートもありますが、我々ホビーアクアリストの一般的な熱帯性海水魚水槽の置かれている状況とは符合(ふごう)していなかったり、乖離(かいり)している部分が少なからずあるからです。

2.もう1つは、下記の文献《(魚病研究,39(4),175-181(2004)》にあります様に海産または海水性白点虫を培養する事に成功しましたが、これによって実験し、我々ホビーアクアリストが納得出来る最終状態にまで確かめられる段階に来ていないからです。
@溶存酸素
A水温
B物理的刺激
Cその他

つまり、水槽内での実験結果による考察はあくまでも推測であり、海産白点虫に関する結論を出すのは時期尚早と私は判断しています。
ですが、我々ホビーアクアリストが趣味としての鑑賞用熱帯性海水魚の白点病を治療したり、予防したりすることは可能です。
                 ↓
日本魚病学会
→(魚病)→(バックナンバー)→(第39巻 4号) に載っている文献ですが、引用すれば次の様になります。

『海産白点虫 Cryptocaryon irritans の短期間培養
孵化直前の海産白点虫のトモント(シスト)を海水と 3 %食塩加 TSA の薄片ともに培養フラスコ内に加え,23〜25℃で培養した結果,孵化したセロントは寒天に付着してトロホント(栄養体)に変態し,10〜13日生存した。
また,人工培地(海水50%,L-15 培地30%,牛胎児血清20%)を12穴ウェル内に加えた場合にも同様な変態が観察され,8 日間生存した。
しかし,いずれの場合も栄養体に変態したセロントの割合は低率にとどまった(0.28〜1.71%)。
栄養体は平均 115〜296 μm に成長したが,トモントを形成することはなかった。
魚病研究,39(4),175-181(2004)』


3.未だに海水性白点虫を培養して実験し最終状態にまで確かめられる段階に来ていないものの、文献などの記述を踏まえて白点虫の顕微鏡写真の撮影、治療実験の結果を獣医師によるレポートしたサイトがありました。(現在、閉鎖されています。)
     
そこで、今回のコラムでは白点虫のどのような条件下でシストが休眠に入ったり、覚醒したりするのか?と言う点について絞りたいと思います。

白点虫の生活史としては、
A:セロント:theront(成長した子虫)
B:ホロント:phoront(感染した子虫)
C:トロホント:trophont( 成虫)
D:プロトモント:protomont(離脱した成虫)
E-G:トモント: tomont(シスト)E:シストの形成
                 F:嬢細胞トマイトの発生
                 G:嬢細胞トマイトの成長
                 (G内の細胞は嬢細胞トマイト)。
              トマイト:tomite(子虫) などの五段階がある様です。

Cryptocaryon irritansの成虫(トロホント:trophont)は数日間魚に寄生した後、離脱します。
トモント( tomont )が水中 でシストを形成します。
シストの内部に大量の子虫(トーマイト:tomite)が発生します。
感染出来る段階に成長したセロント(theront)が、シストから水中に脱出して再び魚に寄生します   
http://ich-free.com/の中で面白い内容を見つけ、その掲示板の過去ログの0番No.16〜No.24にある記述でした。
私もこれに関する「低溶存酸素下での休眠」のもとになった文献を探しましたが、見つかりませんでした。
そこで、同業獣医師の方に連絡をお願いしましたが、残念ながら繋がらない様です。
そこで仕方がありませんので、事後承諾と言う事で一部文章を変えたりまとめたりして引用させて頂きました。

良永知義氏の研究によりますと、「低溶存酸素条件下で28日間休眠させたシストを再び高溶存酸素条件下に戻した場合、40日〜50日の間にセロントを放出し、最終的なセロントの放出率は最初から高溶存酸素条件下で培養を続けたコントロール実験の結果と差がなかった。
(月刊海洋/号外No/14,1998 75ページ)」

上記に記載している状態になるのはどのような条件下でシストが休眠に入るのか?水温、溶存酸素以外にどのような条件があるのか?
水槽内の低溶存酸素な環境である濾材内部や底砂の底部、LRの内部などの「ミクロな貧酸素領域」が水槽内のあちこちに点在している可能性?
低溶存酸素環境下で休眠していたシストが、掃除によって表面に露出→酸素供給され、活性化してセロントを放出した。」と言う質問者の問いに対して、回答は以下の通りでした。

まず、「低溶存酸素下での休眠」についてですが、
水産資源レベルでの低溶存酸素域は「溶存酸素2ppm以下」、水域調査レベルとして「3ppm以下」という設定との事だったのです。
これを養殖魚等における白点病の集団発生が、多く問題になる瀬戸内海沿岸領域におきかえると、「溶存酸素3ppm」という数値が水深30mでも到達しえない値で、「我が家」の水槽では起こりえない低酸素状態なのだろうなと。
低水温についてですが、「我が家の水槽」では、起こりえない水温だなという単純な理由で自己完結してしまった...というのが本音です。
現段階で、「水槽内海水魚白点病におけるシストの休眠」を頷かせる情報がみあたらなかったので」というのが、それらしい理由になるでしょうか。

(一部文章を変えました。)

と言う内容でした。
ここからが私の意見になりますが、 「低溶存酸素環境下で休眠していたシストが、掃除によって表面に露出→酸素供給され、活性化してセロントを放出した。」と言う意見については、かっての私もその様に考えていました。
しかし、トリートメント水槽での治療による実践結果によって、どうもそうではないみたいだ!と言う様に今までの考えを改めざるを得なくなりました。
文献に載っている白点虫シストの休眠の条件が、
@低水温下(15℃以下)でシストの休眠を確認であれば、
A低溶存酸素でシストの休眠を確認であれば、

@低水温については、
熱帯性海水魚を飼育するのに我々ホビーアクアリストの一般的な海水魚水槽ではその様な温度で飼育することはあまり考えられません。
最低温度は19℃くらいではないでしょうか?
熱帯性海水魚の飼育に15℃以下に至ることはまずありません。
私の上記トリートメント水槽でも、水温27℃の条件でも白点虫の休眠はあり得ます。

A低溶存酸素については、
以下、上記に近い文献を見つけました。
水質の環境基準
http://www.env.go.jp/kijun/wt2-2.html 左記より引用
別表2 生活環境の保全に関する環境基準 海域
項目
類型
利用目的の適 応 性 基 準 値 該当水域
水素イオン濃 度
(pH)
化学的酸素要 求 量
(COD)
溶存酸素量
 (DO)
大腸菌群数  n-ヘキサン抽出物質
(油分等)
水 産 1 級
水  浴
自然環境保全
及びB以下の欄に掲げるもの
7.8以上8.3以下 2mg/l以下 7.5mg/l以上 1,000MPN/100ml以下 検出されないこと。 第1の2の(2)により水域類型ごとに指定する水域
水 産 2 級
工 業 用 水
及びCの欄に掲げるもの
7.8以上8.3以下 3mg/l以下 5mg/l以上 検出されないこと。
環 境 保 全 7.0以上8.3以下 8mg/l以下 2mg/l以上
http://www.env.go.jp/kijun/wt2-2.html
http://www.env.go.jp/kijun/mizu.html

愛知県水産試験場漁場環境研究部
伊勢・三河湾貧酸素情報(H18−2号) 左記より引用
            ↓
愛知県水産試験場では、溶存酸素飽和度 50%以下を低酸素、30%以下を貧酸素としています。
溶存酸素飽和度(%)と溶存酸素濃度(ppm)、魚介類への影響の関係は、おおよそ以下のとおりです。

酸素飽和度 酸素濃度 魚介類への影響
50% 約 4ppm 魚類・甲殻類に悪影響
30% 約 2ppm 貝類・底生魚類の生存困難
10% 約 0.8ppm 全ての底生生物の生存困難

以上の様に、
低溶存酸素条件は「4ppm以下」、一般魚介類に対する悪影響が現れるのは、「約4ppm以下」となっています。
「貧酸素水域」を「2ppm以下」とすれば、「2ppm以下」では貝類・底生魚類の生存困難であり、
この時点で、海水魚が生きている底砂の無い水槽、つまりベアータンクでは「3ppm以下」という溶存酸素数値は存在しないことになります。
以上の内容に対して、裏付ける私の実践結果があります。

私の過去の トリートメント水槽は、
@濾過方式は、海水用上部濾過槽(ウェット&ドライ)のみで、底砂を敷かない60規格水槽のベアータンクである事。
A最初は正常な比重1.023、水温27度。
B治療する時はマジカルウォーターの添加と低比重治療法ですが、最初は底面水流の付与無しでこの状態で白点病が完治しました。
C当然、離脱した成虫は低比重の環境変化に対応してシストになり底面に沈殿。

そこへ、
Aの方法として、パケツの様な物で底面を巻き上げる様な海水の追加方法ですれば、白点病の再発が見られました。
           底面に酸素を供給したと言う事で溶存酸素量の増大説をあげられるでしょう?
Bの方法として、換水する事無く、パワーヘッドだけで再び底面に水流をつけただけでも、白点虫の再発が見られました。

Cのケースとして、治療水槽では水温を常時27度に設定しますが、偶然にもヒーターが壊れた事に気がつきませんでした。
           ある時に水温の低下を発見した事があり、この時、白点病の再発は認められませんでした。
           水温が低下すれば、27度設定時よりは理論的に溶存酸素濃度が高くなるにも関わらず、白点病の発生は認められませんでした。
その延長として、
Dのケースでは、エアーストーンにて酸素供給して飽和状態であるにも関わらず、再発は認められませんでした。

他に、
Eのケースとしては、水槽内を完全に熱湯消毒にも関わらず、濾過槽に半分メッシュに入ったろ過材(ドライ部分)を取り抜き飼育水にて洗浄。
           その後、ろ過材を濾過槽に戻した後、白点病の発生が認められました。

以上の事から、
これらを統合すれば推測になりますが、
休眠 → 溶存酸素・水温の低下の他に、刺激が無い?白点虫の取り巻く環境の劣化(薬剤の導入とか)に対して休眠?

活性 → 溶存酸素濃度・水温の変化だけではない。
       水流などの白点虫のシストを動かす?何かしらシストをひっくり返すとか?
       その様な突発的な物理的刺激などの環境変化で起きる可能性が高いと言う事を示唆(しさ)しているのではないか?
       と私はこの様に変化し考えるに至った訳です。

これを確認するのに、 魚病研究『39(4),175-181(2004)』で行われた同様の方法で培養し、
孵化直前の海産白点虫のトモント(シスト) → 孵化したセロントは寒天に付着して → トロホント(栄養体)に変態し→トモント(シスト)を形成しこの時点で生存可能であれば、いったんシストになった白点虫トモント(シスト)を水温・溶存酸素などの同一条件で、
@物理的刺激がある?(シストを動かしたり、ひっくり返すなどの刺激を加える)
A物理的刺激が無い?(シストを動かしたり、ひっくり返すなどの刺激を加えない)と言うこれら2つの条件では、その後の白点虫がどの様に違ってくるのか?例えば、
E:シストの形成 → F:嬢細胞トマイトの発生 → G:嬢細胞トマイトの成長 → (G内の細胞は嬢細胞トマイト) → トマイト:tomite(子虫)
と言うプロセスに至る最終確認が必要ではないかと考えております。
ですから、現時点では「トモントを形成することはなかった。」と言う様な現在の状況では、時期尚早の故にそれを確認する事が可能となる日まで「時」を待つしかありません。

そこで、
現在、我々ホビーアクアリストが出来る事と言えば、海水魚を飼育するのであれば水槽外から白点虫を持ち込まない、白点虫に刺激を与えない。

その予防に、
トリートメント水槽の設置・検疫
紫外線殺菌灯、ヨウ素殺菌筒、オゾナイザー等々は無くても魚類の飼育は可能ですが、これらを活用すると言う事になるのではないかと思います。


                                                                           クロネコ

参考文献
http://www.pref.aichi.jp/suisanshiken/
伊勢・三河湾貧酸素情報(H18−2号)
http://www.env.go.jp/policy/hakusyo/zu/eav09/eav090000000000.html#2_2_2
http://www.fish-pathology.com/
http://ich-free.com/
http://www.pref.okayama.jp/norin/saibai/hougijyu/hougij.html
九州大学大学院総合理工学研究科大気海洋環境システム学専攻
http://www.esst.kyushu-u.ac.jp/JISSYU/report-1.htm
溶存酸素濃度データのフォーマット
Depth(m) DOctd(ml/l) DOmax(ml/l)
Depth(m) DOctd(ml/l) DOmax(ml/l)
DOctd: CTD内蔵センサーで計測した溶存酸素濃度
DOmax: CTD内蔵センサーで計測した水温・塩分から算出された飽和溶存酸素濃度